うおおおねむいうおおお

予想外の下見発生に伴い、予習の時間が手に入ってしまったんですが、代わりに実習の時間が短くなるかも・・・ぐすん

それはさておき、今回も書評をどんどんと落としてしまいましょう。こういうの書くの結構好きなんで、読んだ本が有る限り書きためようと思います。

ワードプレスにいつ落とすとか、最近あまり本読んでないとか気にしちゃダメ、絶対。

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第五弾。はスタンスを変えて純文学方面へ。

今回ご紹介させていただくのは「グレート・ギャッツビー(スコット・フィッツジェラルド(村上 春樹 訳)、村上春樹翻訳ライブラリー)」です 。

僕がハルキアンだというのは周知でもない事実ですが、ハルキアンだからといって単純に春樹作品を羅列するのでは面白くないので、いきなり変化球から投げてみました。僕は目立ちたがりのへそ曲がりなんです(笑)

アメリカの現代小説の祖であるフィッツジェラルド の代表作を、フィッツジェラルドリスペクトの村上春樹が念願かなえての翻訳。既に野崎孝訳の物がありますが、僕が読んだのはこっちです。

内容としては、まあ、正直「す、救えねえ・・・」といった感じ。村上が訳しただけあって、独特の寂寥感と相まってなんとも砂味な後を引きますね。 サリンジャーの「ライ麦畑」と通じる所が有るような。あれも後味がよろしくないね。

筋書きとしてはまあ、終わった恋を追いかける大富豪の盛衰とでも言えばいいのでしょうか。語り手は傍観者に徹し、主人公たる富豪を最後までただ淡々と描写していきます。ここらへんも村上作品にちょっと近い?

なんていうか、なんでしょう、主人公が結構歪んだ思考の持ち主なんですよ(この表現が多分一番近い)。それで感情移入がしにくかったんだと思いますね。 という感じで、あまりのめり込んでの読了ではなかったんですが、どうでしょうね。楽しんで読む物ではないと思います。

もっとこう、村上作品のように、「ライ麦畑」 のように、雰囲気をちぎって食べるように読めばよかったと思います。こんど読み直そうかしらん。

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